でも、どうやって使うの? みんなの「テレフォン」

 

ベルの会社が「テレフォン」のサービスを始めたとき、どのような人が使うようになったのだろうか。契約者で目立っていたのは、医者だった。医者や弁護士のように、依頼者の話をきくことから始まるような仕事では、すぐに声を伝える「テレフォン」は、とても有用な道具として考えられたのかもしれない。緊急の場合は一刻を争うので、伝えられる速さという利点から医者には理解されやすかったのかもしれない。電話会社も、仕事に有利な速さや、時間の節約のような、「電信」と同じような使い方を人々に知ってもらうようにしていた。

その一方で、電話局では、交換手たちの使い方が生まれていた。かつての「テレフォン」による「通話」は、まずは近くの電話局につながり、交換手に相手の電話機へつないでもらって利用するものだった。交換手たちは、近くで災害が起きると、大活躍したといわれている。火事や洪水のときには、救助の要請や、各地への連絡を自らやっていくことがあった。持ち場を離れようとせず、命を落とすこともあった。選挙のようなイベントになると、交換手は速報を利用者に伝えたりした。利用者に人気のある交換手がいて、馴染みになるようなこともあったという。はじめのうちは、電話番号のようなものはなく、交換手と利用者はお互いに名前で呼び出し、毎日の「あいさつ」や、「おしゃべり」をしていた。また、交換手は、通話中の会話をきくことができる立場にあった。このような理由から、電話局の交換手たちは、地域の事情をよく知っていたのである。

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「電話交換」の技術についての本に描かれていた「電話交換手」 1900年のころ

 

「声」を伝えるという意味では、「テレフォン」の使い方は、誰かを呼び出すだけではなく、会って話すことのかわりに使うこともある。たとえば、離れた場所にいる新郎新婦が「テレフォン」で結婚式をするということがあったという。アメリカの各地の教会では、「テレフォン」による礼拝式が盛んに行われていた。声を伝えるときは、メッセージを伝えるだけでなく、同時に参加することが大事な場合がある。

「テレフォン」は共同での回線を使うこともよくあったので、その場合は、特定の誰かと秘密の会話ができるようなことはなく、何人かで話していることもあれば、その話をきいているだけの人もいた。誰かがしている「うわさ話」をきき流して楽しんでいるような人もいたのである。このような「テレフォン」の使い方は、のちの「ラジオ」にもつながるのだ。

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電話局の交換手たち 1910年代のころ

 

声を伝える「テレフォン」の使い方は、一対一の「通話」においても、大きく変化した。「通話」という捉え方には、二つの地点をつなぐ「電信」を引き継いでいた部分があるが、利用者にとってみれば、テレフォンで「声」を伝えるのはメッセージが伝えられる「速さ」のためだけではなかった。テレフォンで相手がきくのは、用件の内容だけにとどまらない。見えない場所とつながって「何が起きているのか」についてのやりとりをする。お互いの様子が同時にわかり、近くで話をしているように「声」をきく。

長電話のように「おしゃべり」を楽しむことも、「テレフォン」の使い方として、あとから発見された。電話会社による「クリスマス」に向けた広告は、「速く準備が済ませられる」ことを宣伝していたが、「ラジオ」が生まれる1920年代になると、「遠くの家族とあいさつができる」ことを宣伝するようになった。仕事や家事の「速さ」ではなく、私的な生活の「おしゃべり」のためにテレフォンが使われるという考え方が広く知られるようになった。そして、テレフォンによって感じる親密さや、テレフォンなくしてはありえない人間関係が築かれていく。このようなプライベートの「テレフォン」の可能性も、親密な声が聞こえてくる「ラジオ」につながっていくのだ。